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トップページ > Special Contents スペシャルコンテンツ > INTERVIEW FILES インタビューファイルズ > JOHNBULLジョンブル社長インタビュー:SPUTNICKS INTERVIEW FILES.01 [ ページ1 ] ![]()
DCが好きで入ったんですけど、当時のジョンブルはあまりにもDC的なモノを作りすぎてて、原点である筈のジーンズからどんどん離れていっちゃってたんですよ。内輪な話になっちゃいますけど営業の力が強くて、これ売れるから作れ、企画の方は仕方なく作る、結果としてウチらしさがなくなっていったのかなあ。ジャケットにスラックスみたいなスーツ地のアイテムが多かったですね。正直、お客さんは「ふーん」って感じで。でも、当時の社長、現会長ですね。会長は一生懸命、頑張られてて。そんな姿を見ながら僕は働いてました。 ―入社した時の社長は、、、 僕は元々、企画として入って、入社後2、3年で企画室長になって、28歳で専務になってました。 ―すごいですね! いやいや、それだけ聞くとよっぽど優秀だったんだって思われるけど、ホント、人いなかっただけだから(笑)。 ―いやいやいや、そんなことないですよ(笑)。当時社員の方は何人位いらしたんですか?
うーん、工場の人間も含めて50〜60人くらいかな。そんな中で、まあ(社長を)やってくれと。で、特にリスクも考えず「はい、やります。」っていう感じでしたね。でもいざなった時に正直何をやっていいか分かんない。今思えば反省点なんですけど、頭でっかちになりすぎて東洋哲学的なもの、安岡正篤 この時、社長になられたのが33歳。周りから見れば、出世街道驀進という印象を抱くが、当時の会社の内部事情は上記のDCブランド的なものづくりに傾きすぎたマーチャンダイジングを含め、決して良いものではなかったという。会長との出会い
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社長になった当初は、ある意味ゼロからスタートした方がよっぽど楽だなって思った時もちょっとありましたけど、この会社の伝統、歴史 ―原点回帰路線に至った経緯というか、きっかけはあったんですか?
歴史や伝統、もともとやってきたジーンズを作ろうということが一番の理由ですが、その時ってジーンズというものがファッションの中で、ちょっと下に見られてたんですよね。DCブランドやトラディショナルブランドが全盛でしたし、ジーンズメーカー=コピーメーカーみたいな、一段下の立ち位置 ―反動、反骨精神のようなものですか? そうですね。そんな思いでしたね。それと片一方では、自分たちを消費者として考えてみると、さっきのジーンズが好きというとこでやっぱり501とかの古着ですよね。そっちのカテゴリに芽があるのかなってビジネス的には感じたんで、ジーンズへの原点回帰、仕掛けっていうのはあり得るのかなと。 ―そこは匂いを嗅ぎ付けたというか、これが来るなっていうのがあったんですか?
ですね。その頃は後にいわゆるレプリカブランドとしてブレイクするブランドがちょうど世に出てくるか出ないかの頃かな。自分たちが着たいもの、穿きたいもの、それは古着、ヴィンテージといったものですかね。そういうのを作るようになりましたね。その後にはジーンズに限らずチノとか軍パンとか、自分の着たい古着の良さを研究しシルエット変えたり、進化させて ―じゃあ、その頃作っていたものが今のジョンブルの原点になったということですね。ワークとかミリタリーとか。 そう、今のベースになってますね。 |
日本を代表するブランド、ジョンブル。デニムの聖地、岡山の児島に本拠地を構え、ジーンズやデニムアイテムのクリエイティビティ、クオリティには定評があるブランド。ただ、その評価はデニムに限ったことではない。プリペラやウエポン、ダックにリネンなどありとあらゆる素材を駆使し、デニムで培った最高級の技術を加え完成させるワークパンツは、デニムにも勝るとも劣らぬ評価を受けている。
さらに見逃せないのが、アウターを中心とするトップス類である。加工技術が存分に注がれたミリタリージャケットや、高品質ナイロンを惜しげもなく使用したダウンジャケットは当店でも毎年完売の超人気アイテムとなっている。デニム、パンツといったボトムスは児島生産だが、トップス類は海外生産。それは単純にコスト的な問題ではなく、児島の自社工場のジョンブル気質を海外でも発揮できるという自信から生まれるものである。結果、商品ラインアップは大きな広がりを得ることに成功し、今シーズンはそこにレザージャケットも加わり、ますます充実。もはやジョンブル=デニムではなく、ジョンブル=ブランドとしてその存在感を増し続けている。
今回、そんな数々の傑作を生み続けるジョンブルについて、代表取締役社長に多忙な中時間を割いて頂き、大変貴重なお話を伺うことができた。ジョンブルの歴史と今、そしてこれから。
デザイナーズブランド、キャラクターズブランドで1980年代に日本で流行した。コムデギャルソン、ヨウジヤマモトといったブランドが代表格。
今年で創刊53年目を迎える、老舗正統派メンズファッション誌。
ギャグ漫画や歴史漫画を描く漫画家。テレビ番組にも多数出演。
軍隊のパラシュート部隊が穿くパンツ。ゆったりめのシルエットと絞った裾が特徴。これをモチーフにした1981年発表のジョンブルのパラシュートパンツは空前の大ヒットを記録。
―最初にジョンブルに入社されたきっかけを教えてください。
大学生の頃、DCブランドブーム
が流行りかけていた時代で、僕もそういったブランドが好きでした。メンズビギやアバハウス、あとガンモールメンズっていうブランドが大好きでしたね。アイビーテイストを取り入れたアメカジっぽいブランドだったんですけど、全然売れてませんでした(笑)。で、そういったブランドの中にジョンブルもあって。ジョンブル自体は高校生の頃、メンズクラブ
とかのファッション雑誌の広告を見て知ってました。黒鉄ヒロシ
さんのイラストを使ってすごい出てましたね。高校生だったんでただのジーンズメーカー、というくらいの認識しかなかったですけどね。
―では、もともとファッション自体が好きだったんですね。
はい。ただ、その時はファッション自体を仕事にするとは思ってませんでした。当時は就職難で、親が自営業をしていたこともあって、僕自身は独立志向が強かったですね。でもどこかに就職はしなくちゃいけない。そこで自分が好きだったもの、まぁ、若者にありがちですが、車か音楽かファッションか。その中で仕事ができればいいなと。たまたまそこにジョンブルの求人があったんで、就職しました。実はその就職前に、ジョンブルのパラシュートパンツ
というのをもってたんですよ。それもあって、あぁ、ここなら何か面白いことできるかなって思ってました。
―大学卒業後、すぐにジョンブルに入社されたということですね。
うん、そうですね。でも、すぐ辞めるかなって思ってましたけど(笑)。
―けっこう気軽な気持ちだったんですね(笑)。それはやっぱり独立志向があったからですか?
そう、そう。でも当時の社長に出会って辞められなくなりましたね。